233ボクシングの世界チャンピオン 奪取最短記録者は誰だかわか りますか? ハイ! わかりました(^^) 次の方ですのでよろしく。  

 

 


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ボクシングの世界チャンピオンの発表です。

1976年10月10日、ジュニアフライ旧(現在のライトフライ級)で、具志堅用高選手はプロになって9戦目で世界チャンピオンになりました。当時、プロ9戦目での世界チャンピオンは、日本ジム所属選手としては最短記録でした。  

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その後、その具志堅用高選手の最短に並ぶ選手は11年間も現れなかったのですが、1987年10月18日に行われたストロー級(現在のミニマム級)タイトルマッチで、井岡弘樹選手がプロ9戦目で新王者となり、具志堅用高選手の記録に並びました。   238


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その2人の記録は、その後2011年2月11日に井岡一翔(いおか かずと)選手によって塗り替えられ、2011年2月現在で、井岡一翔選手のプロ7戦目でのチャンピオンが最短記録となっています。   237

 

 

ボクシング世界チャンピオン奪取最短記録の推移

 

7戦目(2011年2月11日)…井岡 一翔(ミニマム級) ・8戦目(1991年9月19日)…辰吉 丈一郎(バンタム級) ・8戦目(2006年7月22日)…名城 信男(スーパーフライ級) ・9戦目(1976年10月10日)…具志堅 用高(ジュニアフライ級) ・9戦目(1987年10月18日)…井岡弘樹(ストロー級)   井岡一翔選手は、井岡弘樹・元世界チャンピオンの甥っ子で、1989年3月24日に大阪府堺市で生まれ、中学1年生でボクシングジムに入りました。

 

大阪の興国高校2年と3年のときに、高校総体・国体・選抜大会を制して、史上3人目となる高校6冠を達成しています。  

 

その後、アマチュアボクシングの強豪と言われる東京農大へ進学し、北京オリンピックを目指していたのですが、代表権がかかった全日本選手権の決勝戦で、わずか1ポイント差で敗れ、北京オリンピック出場の夢は絶たれました。  

 

しかし、大学を中退し2009年にプロに転向して、上記の通り日本人最速となるプロ7戦目での世界チャンピオンとなりました。ちなみに、井岡一翔選手はミニマム級でチャンピオンになりましたが、本来は1階級上のライトフライ級の選手です。  

 

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