ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さんと言えば歯に衣着せぬ発言や毒舌で有名ですが
これも非常に厳格な両親の元で育てられ、それに6歳離れたダウン症の姉を助ける為に自然と性格がきつく気丈になったと思われます。
今回は、その辺の高嶋兄弟との絶縁と合わせて書いて行きます。
【目 次】
高嶋ちさ子と高嶋兄弟は”いとこ同士”の親戚関係
詳しい高嶋家の家系図を作りましたので、ご覧ください。
家系図を見て分かると思いますが、高嶋ちさ子さんの父親「高嶋弘之」と高嶋兄弟の父親「高嶋忠夫」は兄と弟の兄弟になります。
つまり親戚関係って事です。
高嶋忠夫の経歴
1930年生まれなので88歳になり、これまでに「重度のうつ病」「糖尿病」「パーキンソン」不整脈のために心臓にペースメーカーを取り付ける手術をしてます。
1951年に、映画会社新東宝に第1期生として芸能界入り1952年の映画『恋の応援団長』でデビューした後に映画だけでも100本以上を出演されてます。
映画・テレビ・CM・声優と大活躍されてました。
寿美花代の経歴
1932年生まれなので87歳になります。
寿美花代さんは芸名ですが、本名は高嶋忠夫さんと結婚したので「高嶋節子」です。
久松松平氏の流れをくむ由緒ある名家のお嬢様です。
1948年に宝塚歌劇団に入団して男役として活躍するが1963年に高嶋忠夫と結婚のため退団、高島との結婚後は、『ごちそうさま』に夫婦で長年出演するなど、主にテレビ番組で活躍を続ける。
高嶋弘之の経歴
1934年生まれなので85歳になります。
1966年ビートルズ来日から50年以上経っても世界中で人気が衰えない楽曲をてがけ日本で有名にした人物こそ東芝の音楽プロデューサー高嶋弘之その人です。
高嶋忠夫の家とでは金銭感覚が全く違う!
高嶋忠夫氏の家は大きいし、裕福なので贅沢三昧の生活
高嶋ちさ子さんは、小さい頃は叔父の家と交流があった見たいです。
ある日、叔父の家に遊びに行った時です。
出てきたおやつは高級メロンで食事は、高級牛肉のすき焼きをご馳走になった見たいです。
高嶋ちさ子さんが、その時に思ったのがうちとは金銭感覚が全然違う・・・・・
寿美花代の無神経な一言が絶縁を招く
高嶋ちさ子さんは、6歳の頃からバイオリンを習い始めます。
父親が娘に180万円もするバイオリンをプレゼントしてますから、金銭的な財力はあると思います。
だからお金には困ってません。
そこに、寿美花代さんが
久松松平氏の流れをくむ由緒ある名家のお嬢様育ちですから、自分以外の人間は平民しか思ってない様な気がします。
そんなところに、寿美花代さんが上から目線で一言
バイオリンは
お金がかかるのに大丈夫なの?
と上から目線で言ったとか
それで高嶋ちさ子さん宅では、上から目線で余計なお世話だっ!!!
となって、高嶋忠夫の家とは距離を置いて「絶縁関係」になりました。
高嶋ちさ子さんの小さい頃のあだ名は「悪魔」
悪魔ってどう言うこと?
4歳年上のダウン症の姉をいじめから守るために立ち上がり、自分が気丈になって毒舌戦を繰り返す。
すごいのをもう一つ、いじめに関わった生徒リストを作り一人づついじめ返したそうです。
そんな恐ろしい悪魔の噂は瞬く間に広がり、やがて姉をからかう者は劇的に減ったそうです。
そんなこんなで、高嶋ちさ子さんは、大人になっても毒舌は健在でした。(笑)